レック調査クルーズ報告 (駆逐艦 五月雨)

今回の龍馬で行く、駆逐艦五月雨調査クルーズ、乗船させていただきましたakikoです。
コロールからスピードボートでは3時間かかる、パラオ最北端ベラスコリーフ。
途中、てしお丸、吉備丸、最終日にはテールトップにも潜る、贅沢なトリップとなりました。
あまり知られていないかもしれませんが、パラオはレックで有名なトラックと同じくらいのレックポイントがあります。
トラックの大空襲が1944年2月17日、パラオ大空襲が3月30日。
日本は約1ヶ月半の間に大多数の船や飛行機を失ってしまいました。
パラオでは、奇跡的に発見され、名前が判明している船や飛行機が実は50近くあります。
そして、これらの多くがパラオ特有の地形であるロックアイランドに守られ、
またブルーコーナーなどの有名なポイントのおかげで潜る人が少なかったということもあり、
船体がほぼ完璧に残るよい状態で、しかもレクレーションで潜れる深度に眠っているのです。
この深度が、ひとつのキーポイントになります。
有名な戦艦武蔵は1000m、大和は345m。
それを考えると、徴用船はもちろん、駆逐艦である五月雨がレクレーションで潜れる深度で見れることだけでも奇跡的なことなのかもしれません。
パラオのレックの良さは、ここにあると思います。
また、五月雨が特異なのは駆逐艦であるということです。
日本海軍が、海戦のために作った船。
当時、そこに乗船することは、簡単ではありませんでした。
真っ白な制服と帽子。それを身につけられるだけでも当時はすごいことだったんだと思います。
そんな仕事に誇りをもった方々が五月雨に乗って、最前線で日本を守っていてくれた船なのです。
それだけでも、もう涙が出てきそうです。
私たちも頑張らないといけないって、思います。
よくどうしてそんなにレックが好きなのか?聞かれますが、それは人間関係と同じで、大好きな人のことを知りたいという単純で純粋な気持ちからなんだと思うのです。
その対象が魚だったり、カメラだったり、でも共通して言えるのはもっとよく知りたいという探究心。
どんな働きをする、どんな特徴のある船だったのか。ここに来るまでどんな人生を送っきたのか。そしてどんな人が乗っていたのか。
それを知った上で潜るレックと、そうではないものは正直言って雲泥の差です。
ぜひ、レックを潜る時はただの船とか飛行機ではなく、いろいろな思いを感じてみて頂きたいと思っています。
今回調査してきた五月雨を紹介させていただきます。

*はちょっとした豆知識です。
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一等駆逐艦 五月雨

*駆逐艦は基本的に戦艦を水雷艇の魚雷から守る役目を果たす。
 とにかく何か問題があれば、真っ先に動く。
 戦艦を支援する役目だったので、戦艦の艦首につく菊の御紋はない。
 一等駆逐艦は1000t以上 

1980トン 全長111m  幅9.9m    34ノット(時速約63km) *戦艦武蔵は27ノット
東経134度37分(おおよそ高知県室戸岬の真南)
北緯08度08分30秒
パラオのベラスコリーフの一部、ガルワングルリーフに鎮座
1934年 12月19日  起工
  35年 7月6日        進水
  37年 1月29日     竣工  浦賀船渠
 *1等駆逐艦白露型(しらつゆ)の6番艦
 *初代五月雨(初めて五月雨という名前がつけられた)
 *2000年就航の海上自衛隊 むらさめ型護衛艦『さみだれ』に名前が引き継がれる
  2代目さみだれも偶然にも6番艦である。
1941年 2月〜  フィリピンビガン攻略作戦、リンガエン湾上陸作戦、
         カラカン上陸作戦、パリクパパン海戦、スラバヤ沖海戦
         など多数の作戦に参加
 *同じ白露型の村雨、夕立、春雨とともに第2駆逐艦隊を編成
  駆逐艦の役割どうり、様々な作戦で活躍し、 世界中を駆け回る
1942年 11月 第3次ソロモン海戦で、味方の戦艦『比叡』を誤射…
         また同海戦で力尽きた『夕月』を雷撃処分するも、すべて外してしまうというトラブルも。
         ブーゲンビル島沖海戦では、白露と衝突してしまい、2ヶ月間横須賀に入渠となる。
1944年 4月  航行不能の夕張を牽引しようとするものの、排水量が大きすぎて失し、夕張を沈ませてしまう。
      7月  戦艦武蔵、長門、混合の護衛でリンガ泊地へ赴くが、暴風と高波で戦隊から離脱、行方不明となり、
         捜索に出た利根に発見され無事戻ることができた。
 *もちろん、五月雨の責任ではないのですが、こうした話からちょっとドジな駆逐艦というイメージがあるようです。
1944年 8月      マニラ〜パラオ輸送任務に従事
      8月18日  鬼怒、時雨とともに輸送作戦中、パラオのNGARUANGL(ガルワングル)環礁で誤って座礁。
              火災も発生してしまう。
             五月雨の救助はパラオからの応援により続けられるが、失敗。
             離礁作業が難航する中、座礁場所がわかってしまい敵機よりの空襲が始まるも、何もできないまま1週間以上が経過。
      8月26日   アメリカの潜水艦バットフィッシュの雷撃が右舷中部に命中、大破、放棄される。
             艦長以下生存していた乗組員は救助された。
             元乗組員の方の『五月雨会』により、小田原市早川の東善院に慰霊碑が建立されている。
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最後は座礁して動けないまま相手からの魚雷というのは、本当に悔しい結果だったと思います。
今回の調査ではだいぶ残っているパーツの位置関係も判明しました。
船体がバラバラにはなったもののパーツ部分はしっかり残っていますし、
水底に埋まっているものもまだまだ多数あると思いますので、
それを解明できれば新たな発見もできるのではないかと思います。
ご協力いただきましたゲストの皆様に改めてお礼申し上げます。
そしてまた、五月雨を皆様にも是非見ていただきたいと思っております。
 Day Dream       渡辺 晶子

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